私たち家族のため、毎日台所に立ってくれていた母。
あれは私が十代後半になって以降だっただろうか。
台所に立つその横顔を傍らから覗き込んだ瞬間
大抵いつも私はハッと息をのんだ。
そしてみるみる悲しみがこみあげてきて
心臓が張り裂けそうになったものだ。
鼻の高い堂々とした少しエキゾチックな母の横顔。
私の目にはそれが恐ろしいまでに重く陰鬱に映ったから。
近寄りがたく、話しかけてはいけないオーラを放つ横顔。
その陰鬱エネルギーは薄暗い台所に充満し
さらには廊下や隣部屋を抜けて家いっぱいに拡がって行く。
今この瞬間、だれかが玄関ドアから入って来たら
玄関から台所につながる廊下に足をかけるころには
きっと室内に満ちた負のエネルギーを察知できるにちがいない。
こういう時の母の心臓には大きく重たい鉛の塊が
生きた魔物と化して巣食っているのかもしれない。
そんな時、私の内なる声はこう叫ぶ。
「 お母さんを幸せにできていなくてごめんね。
私はお母さんを不幸にしてきたんだね。
私が生きていることは害になるだけだね。
お母さんは稀に見るような
すごいすごい才能にあふれる人なのに
お父さんと結婚したり、私を育てたりするため
夢もあきらめてくれたんだよね。
私たちのためにこんなに犠牲になってくれたのに・・・ごめんね。
ごめんなさい、お母さんごめんなさい。
でも私にはどうしてあげることもできないよ。
赤ちゃんの頃からむずかしい子供で重荷になってばかり。
どうしようもない子供でごめんなさい。
それでも、お母さんに似て強いポリシーもあるから
親に不従順だとなじられても
理不尽と思ったことには意見せずにはいられないよ。
お母さんが知らない傷が
私にだってたくさんあるんだよ。
私の信じられないくらいの傷を知ったら
きっとお母さんは耐えられないし悲しむだけだよね。
生きていてごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」